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うそアつかねえ
嘘アつかねえ
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1950(昭和25)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,523 字 · 24 页
信吉はそう云った。爺さんは苦笑しただけであるが、それからまもなく役人が来た。いま廓で人を三人斬った侍がある、人相風態はこれこれだが見かけなかったか。こう云うのを聞いて、信吉は危なく声が出そうになった。……役人が去ったあと、信吉は侍の血ばしった眼や、とりとめのない呟きを思い返しながら、爺さんが店を片づけ始めるまで、沈んだぼんやりした気持で飲み続けた。
松という男に初めて会ったのは、北風の吹き荒れる寒い晩だった。色の褪めたつぎはぎだらけの股引半纒に、草鞋がけ頬冠りで、腰には弁当のからとみえるのを小風呂敷に包んで括り着けていた。年は自分で三十七だと云ったが、五十以下とは思えないくらい老けてみえた。……もうどこかで飲んで来たのだろう、いい気持そうに鼻唄などやりながら、「強いのを」一杯取って、「暫くだったなあ、おやじ、おめえ生きてて呉れて、おらあ有難え、生きてせえすりゃあまた会えるッてよ、こんな有難えこたアねえや」
舌ったるい調子で饒舌りだした。彼は自分の名や年や、妻と子供が三人あることや、今は人足に雇われていることなど、二度も三度も繰り返して、そのたびに「嘘アつかねえ」