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そうせきしとわたし

回想 子規・漱石

高浜 虚子

高浜虚子『回想 子規・漱石』。同一底本的分册已合并为一书。收入:漱石氏と私、子規居士と余。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 115,187 字 · 231 页

青空文庫

それが何かにつけて仲居からも他の朋輩からも軽蔑される様子のある事が痛ましく眺められた。私は此の芸子の名前がお常というのであった事を何故今でも記憶しているかと言うと、それは漱石氏の次の言葉を今も忘れずに牢記しているからである。

「あのお常さんという女は芸者を止めてよろしく淑女となるべしだ。」

私はこの言葉を聞いた時に覚えず噴き出して笑った。漱石氏もまた笑った。

燭台の蝋燭の光は何時もの如く大きく揺れていた。仲居の大きな赤前垂の色は席上に現われたり消えたりした。三味線の糸の切れる音や、舞扇の音を立てて開く音なども春の夜の過ぎ行く時を刻んで、時々鋭く響き渡った。そんな時間が経過している間にお常さんの姿も席上から消えて失くなってしまい、多くの芸子舞子の姿も消えて失くなってしまった。漱石氏はその手に携えていた書家が持つようなスケッチ帳を拡げて舞子に何かを書かしていた。それは先刻お常さんが淋しい声で歌った唄の文句であるらしかった。舞子の頭に翳した櫛の名前が花櫛という事や畳の上を曳きずっている長い帯をだらりという事や、そういう名称なども舞子の片仮名交りの文字でその帳の上に書きとめさせていた。