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よせ

圓太郎馬車 正岡容寄席小説集

正岡 容

正岡容『圓太郎馬車 正岡容寄席小説集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:寄席、円太郎馬車、円朝花火、初看板。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,226 字 · 295 页

青空文庫

まったく今夜ばかりは松浦侯の椎の木屋敷と首尾の松の一角が、わずかに両岸で闇を残しているのみで、

長橋三百丈  影偃緑波中

人似行天上  飄々躡玉虹

という江戸名物の川開きに、満都が酔い尽くしている有様だった。

「ねえ、おッ師匠さん。そう花火にばかり見恍れていないで、さあひとつ干しておくんなさいよ」

その大川の真ん中ほど、申し訳ほどに上り下りの船の通い路を残している、すれすれにもやった屋根船、夜目にも薄白く沢村田之助そっくりの美しい顔立ちを嬉しく浮き上がらせている女は、成島柳北が「柳橋新誌」に艶名を謳われた柳橋のお絲。

「いや、あっしは駄目だ。お酒のほうはお積りとしやしょう。それより下戸には、いっそ、この柳升の甘味のほうがうれしい」

言いながら、いま芝居噺でお江戸の人気を一身に集めている若い落語家の三遊亭圓朝は、傍の切子のお皿から、葛ざくらのようなものをつまみあげて、不機嫌に口へ運んだ。色の生白い、見るから二枚目然とした彼は、派手な首ぬきの縮緬浴衣を着ていた。生ぬるく夜風が吹き抜けていった。

その頃、落語家の檜舞台といわれた、向こうの垢離場の昼席でトリをつとめて三百五百の客を呼び、めきめき大方の人気を煽り出した圓朝は、いつしか橋ひとつを隔てた土地のこのお絲と恋仲になっていたのだ。