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ざいがくりゆう

在学理由

豊島 与志雄

「日本評論」1938(昭和13)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,167 字 · 21 页

青空文庫

李永泰という名前は、矢杉の記憶の中にあった。数ヶ月前、植民政策についての学年末の試験の答案を見ているうち、注意を惹かれた一葉が、李永泰のそれだったのである。一体、学生の答案のうち、短くて汚いのは拙劣で、長くて綺麗なのは優良であって、而も不思議に、短いのは汚く、長いのは綺麗である。然るに李永泰のは珍らしく短くて綺麗であった。手蹟が立派なのは、半島出身者として諾けるが、句読点を整然とつけた文章で而も要点だけが簡明に書かれていた。その美事な手蹟と明晰な文体とに接して、矢杉はちょっと、答案調べの憂鬱さから救われた気がした。そして学校の教務課へ点数を報告する折、懇意な事務員と顔を合したので、別に何ということなく、李永泰の全般の成績を聞いてみた。どの科目もみな優良だった。ただ一つ不思議なのは、各学年の修了科目がごく少数で、恐らく試験を受けたり受けなかったりしたのであろうか、普通なら三年間で卒業出来る筈なのに、もう四年間も在学していて、まだ三四の科目が残ってることだった。へんな学生だと、事務員も云っていた。

そういう記憶が、矢杉の頭に蘇ってきた。

座談会は散会となり、矢杉は自動車を断って少し歩くこととし、李永泰と話の続きもあるようで、自然に連れだって行くことになった。