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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

冬子の瞳はうるんで涙を湛えていた。彼は首を垂れて沈黙した。冬子も黙ってしまった。静けさが二人には恐ろしく感じられて来た。ほんとに自分達は危い険しい路に深入りして来たのでないかと思われた。しかし後戻り出来る運命でない。善いにしろ悪いにしろ進むより外に道のない自分達である。彼はこのとき、金沢を去るときの母の「秘密の戒め」を想い起こした。

母は言った。「お前の先祖は金沢の街を離れた大川村の北野家という豪農であったのだ。それがわたしの兄の時代に滅びてしまったのである。またお前の父もお前の幼い時になくなってしまったが、父は常に多くの人間のために働きたいと考えていた人であるが、中途で死んでしまったのである。お前は自分一人の手で育てられて来たので、世間でいう(女親育ち)であり、(貧乏人の子)である。お前は世間の人に、滅びた北野家、亡くなった父、またお前のために一生を捧げているこのお光の意思と力が、たとえ貧乏人の子でもその貧乏や悪い境遇に克ち得ることを示す責任がある。――それからもう一つは、常に右のことを精神の根本に沈めていると同時に、お前は天野の家へ行っても決して母の生地が大川村の北野家であることを明かしてはならない。