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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

そうして乙彦の存在が五人の女中と蓄音機の声音とによってぼかされると、天野も綾子も時折り軽いユーモアでみんなを興がらした。

「乙彦、今度は壺坂をやるがいい」と天野も、「群衆の一人としての」乙彦に話しかけるのである。綾子はしかし終に乙彦を顧みさえしなかった。

平一郎は中途で自分の部屋へ帰った。母が彼の上京のために洗濯してくれた新しい蒲団を敷いてもぐりこんだ。茶の間からは女達の感嘆や哄笑が響いて来たり、蓄音機の高い肉声が響いて来たりする。彼は眠られなかった。祈ることも出来なかった。寝入り際に、楽しそうな女達の笑い声が聞えたが、彼にはそれを単純に楽しそうだと聞いている訳に行かなかった。笑い声は大海の面にわく小波であろう。その小波の底深くには、無限な深い海原が潜んでいるのであろう。平一郎にはその海の神秘と深さと恐ろしさが迫って感じられた。冴えた神経に涙がにじんで来た。母、冬子、和歌子、深井、天野、綾子、乙彦――ああ、自分は淋しいと彼は思った。

次の朝平一郎はM学院へ行った。監獄のように廻らした木柵の代りに荊棘が自然に垣根をなしていた。門の扉ははずれたままで、門側には伸び放題に伸びたポプラが微風にそよいでいた。