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ちじょう
地上
島田 清次郎
地に潜むもの
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页
そうしたところへ薄水色のネルの単衣にたすきがけに手拭を姉さんかぶりにした冬子が、今丁度春風楼の主人が起きているし、店の妓達はまだ眠っていて都合がよいから早く行こうと、急ぐようにはいって来たのが、お光には嬉しかった。二人は淋しいながら新しい昂奮を感じて、十字街を右へ折れて緩い坂を下りた。この市外の廓でも春風楼は第一流の家であった。宏壮の古めかしい家並の中ほどに、杉の森のこんもり茂った八幡宮の境内にとなりあって、三層の古代風の破風造りが聳えていた。その家の紅殻格子の扉の前に立ったときお光はいまさらのように全身がひきしまるのを覚えた。色硝子をはめた中戸の内部には高価な下駄や足駄や雪駄の類が、裏返しになったり、横に転がったり、はねとばされたりしていっぱいに乱れていた。
主人というのは五十あまりの赤く禿げあがった頭顱に上品な白髪をまばらに生やした、油ぎった顔色の男であった。三尺四方の囲炉裡を控えた横座に坐って、熱く燗した卵酒を呷りながら主人は、細かいことはあとで家内が起きたら訊いてくれろ、心安い気で自分の家のようにして、家内の相談相手にもなってやってほしい、一人の息子さんがおありのようだが、土蔵の裏の離室が空いているから、そこを勉強室にした方がよかろう、と言った。