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うもれたにほん

埋もれた日本

和辻 哲郎

――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页

青空文庫

彼はいう、「算用を知れば道理を知る。道理を知れば迷ひなし」。その道理というのは、自然現象の中にあるきまりを意味するとともに、また人間の行為を支配する当為の法則をも意味している。しかもその後者を考えるに際して、かなり綿密である。たとえば人間の道理の一例として、彼は、「身持が身の程を超えれば天罰を蒙る」という命題をかかげる。これはギリシア人などが極力驕慢を警戒したのと同じ考えで、ギリシアにおいても神々の罰が覿面に下ったのである。しかし彼はそのあとへ、「位よりも卑下すれば、我身の罰が当る」と付け加えている。自敬の念を失うことは、驕慢と同じく罰に価するのである。ここに我々は、実力格闘の体験のなかから自覚されて来た人格尊重の念を看取することができるであろう。彼はこういう道義的反省をも算用と呼んだのであった。家の中で非常に親しくしている仲であっても、公共の場所では慇懃な態度をとれとか、召使は客人の前では厳密に規律を守らせ、人目のない時にいたわってやれとか、というような公私の区別も、彼にとって算用であった。人を躾けるやり方についても、小さい不正の度重なる方が、まれに大きい不正を犯すよりは重大である、ということを見抜くのは、やはり算用である。