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うもれたにほん
埋もれた日本
和辻 哲郎
――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页
慶長四年(一五九九)の『孔子家語』、『六韜三略』の印行を初めとして、その後連年、『貞観政要』の刊行、古書の蒐集、駿府の文庫創設、江戸城内の文庫創設、金沢文庫の書籍の保存などに努めた。そうして慶長十二年(一六〇七)には、ついに林羅山を召し抱えるに至った。家康がキリシタン弾圧を始めたのは、それより五、六年後のことである。
家康に『貞観政要』を講義した藤原惺窩は、いかなる特殊の内にも普遍の理が存することを力説した学者であった。海外との交通の手助けなどもしている。そう眼界の狭い学者であったとは思えない。彼の著として伝わっている『仮名性理』あるいは『千代もと草』は、平易に儒教道徳を説いたものであるが、しかし実は、彼の著書であるかどうか不明のものである。同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂されていたが、蕃山自身はそれを否定し、古くからあったと言っている。惺窩の著と言われ始めたのは、その後である。しかるに他方には『本佐録』あるいは『天下国家の要録』と名づけられた書物があって、内容は右の『五倫書』と一致するところが多い。