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キリストしんとのなぐさめ

基督信徒のなぐさめ

内村 鑑三

明治二十四年四月十九日いわゆる……「基督信徒のなぐさめ」警醒社書店、1924(大正13)年2月25日改版<br>“If I can put……「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1896(明治29)年12月1日<br>自序「基督信徒の慰」警醒社、1893(明治26)年2月25日<br>第二版に附する自序「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1893(明治26)年8月14日<br>回顧三十年「基督信徒のなぐさめ」警醒社、1923(大正12)年2月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,320 字 · 100 页

青空文庫

日本人自身が基督教の事について独創の意見を述べんと欲するがごとき、僭越の行為であるかのごとくに思われ、あえてこの事をなす者はなかった。ちょうどその頃の事であった、米国の学校において余と同級生たりし米国人某氏が余を京都の寓居に訪うた。彼は余に問うていうた「君は今何をなしつつあるか」と。余は彼に答えていうた「著述に従事しつつある」と。彼はさらに問うていうた「何を翻訳しつつあるか」と。余は答えていうた「余は自分の思想を著わしつつある」と。この答に対して彼は「本当に!」というより他に辞がなかった。誠に当時の米国人(今もなおしかり)の日本の基督信者に対する態度はたいていかくのごときものであった。そしてかくのごとき時にあたって、欧米の教師に依らずして、ただちに日本人自身の信仰的実験または思想を述べんと欲するがごときは大胆極まる企図であった。しかるに余は神の祐助により恐る恐るこの事を行って見た。ことに何よりも文学を嫌いし余のことであれば、美文として何の取るべき所なきはもちろんであった。余はただ心の中に燃る思念に強いられ止むを得ず筆を執ったのである。

この書初めて出て第一にこれを歓迎してくれた