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ぼちてんぼうてい

墓地展望亭

久生 十蘭

「モダン日本」1939(昭和14)年7月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,485 字 · 93 页

青空文庫

そのほうは、もう何の感じもひき起さなかった。ただ……。

(もう一度、あの娘に逢ってから死にたい)

そう思うと、矢も楯もたまらなくなってくるのだった。……

思いがけもなく、こんなことをおもい出した。

(あの匂いは、たしかに、食堂の入口にも漂っていたようだったが、あの娘がひょっとしてあそこで食事をしたとすると、その間、鼬鼠のケープは……よし。なんとかなる!)

ひとッ飛びに床から跳ね上ると、また段階を駆け降りて食堂へ走り込んだ。

給仕長が入口に立って、食堂を眺めていた。

「昨夜、ここで、黒い服を着た二十歳ばかりの娘がひとりで食事をしなかったかね」

「なさいました」

「鼬鼠のケープをつけていたろう」

「それは存じませんです。どうか、外套置場でおたずね下さいませ」

「有難う、それでいいんだ」

竜太郎は食堂を飛び出した。

外套置場の女は、たいへんに明快だった。

「はい、たしかにお預りしました。『グリュナアル』の店でつくった、鼬鼠の立派なケープでございました」

「たしかに、『グリュナアル』だったね」

「はい、たしかに」

雲の間から薄い陽ざしが洩れて来た。そんな感じだった。

(巴里の『グリュナアル』