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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

その話を聞いた時私は、何もかも打忘れて或る者を愛するとか、一身を擲って主義に奉仕するとか、そう云った偉い人間がロシアから出るのは、尤もなことだと思いました。憎悪とか愛情とか、残忍とか親切とか、さういった風な感情は、一方が強ければまたそれだけ他方も強いものです。所が日本人は、あらゆる感情が弱々しくて中途半端です。弱い半端な感情からは、決して偉大な行いは出て来ません。」

「然しそうだとすると、文明の否定ということになりはしませんか。凡て野蛮な悪い感情を洗練してゆくということが、文明の発達のように思えるんですが、あなたの説に依れば、野蛮時代に逆戻りをする方がいいことになりますね。」

「いえ逆戻りじゃありません。善い感情も悪い感情も、一緒に磨き上げてゆくのが文明です。悪い感情を善くなしてゆくとか、または悪い感情を滅して善い感情だけを育ててゆくとか云うのは、痴人の寝言です。そんなことをしてるうちには、感情全体が鈍ってきて、まるで去勢されたようになってきます。善と悪とが相対的のものである以上は、善い感情と悪い感情とは相対的なものです。一方が滅ぶれば他方も滅んでしまいます。