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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
だいぶたつと、此度は辰代の方から呼びかけた。
「澄ちゃん!」
「なあに?」と澄子はすぐに応じた。
「まだ眠らないんですね。早く眠っておしまいなさいったら!」
澄子はまた布団を被った。そして顔を出したり入れたりしてるうちに、三時が打った。襖一つ距てた向うの室に、今井がまだいるかいないか、しきりと気にかかった。寝工合が悪くて仕方なかった。何度も枕をなおしてるうち、辰代が本気で叱りつけた。
「何でいつまでも愚図愚図してるんです!」
澄子は息をひそめた。三時が打ったきり、半時間も一時間も、いつまで待っても打たなかった。時計が止ったのじゃないかしら、と思う耳へ、秒を刻む音がはっきり響いてきた。仕方ないから、その音を一生懸命に聞き入った。そしていつしか、精根つきた重苦しい眠に、何もかも融け去っていった。
非常に長くたってから……と後で思われた頃、澄子は消え入るような叫び声を立てた。辰代がはね起きてみると、澄子は脂汗を額から流しながら、死んだ者のように両手を胸に組み合わしていた。眸の定まらない眼を一杯見開いて、母の姿を見て取ると、泣声とも叫声とも分らない声を立てて、ひしと縋りついてきた。