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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
私もまた云うのは不快だった。
「またどうして、今日は?」とA君は訊ねた。私は長く切れていた煙草のことや、今いる山里のことなど云って笑った。
「ほおう。」
終戦前まで半年ばかり彼が兵営にいたこともまた私は知ったが、敗戦のことに関しては、Aはやはり話を触れようとしなかった。実際、予言というものは的中するとひどく価値が薄れるもので、あんなことなど信じて何になったのかと、今さらどちらも思いあう味けなさだ。何ともならぬことを信じてさ迷っていた間Aは何をしていたのだろうか。
「私のやっている術には、天上派と堕落派と二つがむかしからありましてね。」
と、彼はいつか、日本最古の武道だといわれる、相手に触れずに敵を倒すその術について私に語ったことがある。それによると、天上派は女人を一切身の傍へ近づけず、滝に打たれ霞を呼吸して山中で技を磨くのに対し、堕落派の方は女から女を渡り歩いて技を磨くのだとの事で、またこの二つは決して仕合をしないということ、それ故にどちらが優っているかいまだに誰にも分っていないということなど語ったが、このときもAは自分がどちらに属しているか一切云わなかったようだった。