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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

次男の方がまだ学校から戻らず、やむなく三時まで待ったがそれでも来ない。長男に、それでは明日後から次男をつれて来るように咐け、私は妻と二人で先きに立つことにした。

「何んだか、子供から逃げて行くようですわね。」

と妻はしょんぼりしていう。

「たまにはいいだろう。温泉行きも十年ぶりだからね。しかし、宿屋はやっているかどうだか分らないから、それが少少心配だ。」

駅まで泥路を跳び跳び行くのにも二人は何となく気も軽くなったが、降ったりやんだりしている雨の中で、開業不明の行く先きの宿を思うと少し無謀だったかと思う。それでも子供たちから逃げて行く感情は、妙に捨てがたい新鮮なものがある。

「今日は悪る親だねどっちも。」

「そうね。何だか、おかしいわ。」

金錆汁の流れ出た駅までの泥路も、二人で逃げるのだと思うとそんなに遠くはないものだ。醤油と味噌と米とを下げているのに、それもそんなに重くはない。

「残った二人は、鬼のいない間の洗濯で、今夜はさぞ凱歌をあげることだろうな。」

「そうよ、嬉しくってたまらないでしょうきっと。」

上り汽車はすぐ来たが非常な混雑だった。そこへ無理に捻じこむように妻を乗せ、遅れて私が乗ろうとすると、中から私の脇腹を擦りぬけて一人跳び出て来た小僧がいる。