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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

そのうち若ものは出征した。ところが、出征すると間もなく終戦になったので、今度は捕虜との位置が逆になった。自由な身になった捕虜は、若ものが今日帰るか明日帰るかと、毎日ひとり停車場まで出迎えにいっていた。そのところへ、ある日ひょっこり汽車から降りて来た復員姿の若者を見つけると、「おう、」と進み二人は思わず手を握った。聞いていて私は涙が出た。

アメリカの飛行機は、まだ酒田の上空まで飛んで来て、下にいる捕虜たちに食物を落している。私はこれらの飛行機もここの露台から眺めたことがあるが、家を突き抜いた食物で圧死した捕虜もある。例の捕虜は自分へ落ちて来た分の食物を、若ものの家へ運んでは食べよ食べよといって、承知しないということだ。以上の話には感想は不要だが、ここには、そのままに捨て置きがたい、見事な光をあげているものが沢山ある。それとは違う別のイギリス兵の捕虜の一人も、本国へ帰るとき、

「酒田へはもう一度、必ず来る。」

と、そう一言いって帰ったそうである。

八月――日

別家の久左衛門の主婦は今日はめっきり心配顔だ。長女が樺太に嫁いでいる折、引上げ家族を乗せた船を、国籍不明の潜水艦が撃沈したという噂が拡がって来たからだが、本家の参右衛門の家の長男も樺太にいる。