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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
両家の今日の憂鬱さはひとしおふかい。
「もう朝飯も食べられない。今日は堪忍しておくれのう。愛想の悪いのは、お前さんたち悪う思うてじゃないでのう。」
畠の中の茄子、唐黍、南瓜の実にとり包まれた別家の主婦は、そう云って跼み込んだ。背中に射した日光が秋の色で、浮雲がゆるく沼の上に流れている。一日一日と頭を垂れていく稲の穂。初めの颱風も無事にのがれた稲の波は後続する花房を満たして重い。栗のいがの柔かさ――
参右衛門の細君の清江は、これはまたいつも黙っていて、心配を顕さない。樺太へ出征している長男が、帰れるものやら、奥の陸地へ連れて行かれたものやら、噂は二つで、頭も二つの間に挟まれいてはいるのだが。
「いや、きっと帰れるさ。相手はソビエットだもんのう。おれたち貧乏人の忰を、殺すなんてことはせんもんだ。」
と、参右衛門は云う。彼も一度は樺太へ出稼ぎに行って、石炭を掘ったこともあり、そこの景色は直ちに泛んで来る様子だ。久左衛門の主婦のお弓は、ひき吊ったような顔で本家へ来て、共通の憂鬱さを吐きまぎらせる。
「本人が帰って、門口へ立って見てからでないと、何んにも分ったことではないのう。