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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
歳月のままの表情というものは涙でもなければ笑いでもない。
「お前その月給何に使うんだい。」と私は子供に訊ねた。
「僕これで東京へ帰るんだよ。早く帰って、ピアノ弾きたいなア。いいでしょう、さきに帰ったって。」
「うむ。」
「この間お小遣いもらったの、十円だけ返しとこうか。」
何を云い出すやら。私はぽかんとして見ていると、
「だって僕、早く返しとかないと、使っちまうよ、一枚だけね。」
「まアまア、大変なことになったわね。」と妻は傍で聞きながらそう云って、仏壇からまた降ろして来た袋を子供に渡した。
「はい。十円。」
子供は一枚出して私にくれてから、また残りを大切そうに服のボタンの間に押し込んだが、受けとってはみたものの、失敗った、私は一度も父へはそんなことをした覚えのないのが、今さら突然に悲しくなった。私の子供は何も知らずに今こんなことを私の前でしているのだが、知らずにしているということが、一番したことになっているのだ。私のは知りもしなければ、為もしなかった。これが一層痛く胸を打って来て、こ奴はおれよりも見どころのある奴だと私は思った。実際、私は論にもならぬことに感服しているらしい。