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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
伏見屋の金兵衛なぞは、一足飛びに六十歳を迎える勘定になる。
「ばかなことを言うな。正月のやり直しと考えたらいいじゃないか。」
そう吉左衛門は至極まじめに答えた。
一年のうちに正月が二度もやって来ることになった。まるでうそのように。気の早い連中は、屠蘇を祝え、雑煮を祝えと言って、節句の前日から正月のような気分になった。当日は村民一同夜のひきあけに氏神諏訪社への参詣を済まして来て、まず吉例として本陣の門口に集まった。その朝も、吉左衛門は麻の着用で、にこにこした目、大きな鼻、静かな口に、馬籠の駅長らしい表情を見せながら、一同の年賀を受けた。
「へい、大旦那、明けましておめでとうございます。」
「あい、めでたいのい。」
これも一時の気休めであった。
その年、安政二年の十月七日には江戸の大地震を伝えた。この山の中のものは彦根の早飛脚からそれを知った。江戸表は七分通りつぶれ、おまけに大火を引き起こして、大部分焼失したという。震災後一年に近い地方の人たちにとって、この報知は全く他事ではなかった。もっとも、馬籠のような山地でもかなりの強震を感じて、最初にどしんと来た時は皆屋外へ飛び出したほどであった。