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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

その静かさは、河の音の耳につく福島あたりにはないものだった。そこの庄屋の主人は、半蔵が父とはよく福島の方で顔を合わせると言い、この同じ部屋に吉左衛門を泊めたこともあると言い、そんな縁故からも江戸行きの若者をよろこんでもてなそうとしてくれた。ちょうど鳥屋のさかりのころで、木曾名物の小鳥でも焼こうと言ってくれるのもそこの主人だ。鳥居峠の鶫は名高い。鶫ばかりでなく、裏山には駒鳥、山郭公の声がきかれる。仏法僧も来て鳴く。ここに住むものは、表の部屋に向こうの鳥の声をきき、裏の部屋にこちらの鳥の声をきく。そうしたことを語り聞かせるのもまたそこの主人だ。

半蔵らは同じ木曾路でもずっと東寄りの宿場の中に来ていた。鳥居峠一つ越しただけでも、親たちや妻子のいる木曾の西のはずれはにわかに遠くなった。しかしそこはなんとなく気の落ち着く山のすそで、旅の合羽も脚絆も脱いで置いて、田舎風な風呂に峠道の汗を忘れた時は、いずれも活き返ったような心地になった。

「ここの家は庄屋を勤めてるだけなんですね。本陣問屋は別にあるんですね。」

「そうらしい。」

半蔵と寿平次は一風呂浴びたあとのさっぱりした心地で、奈良井の庄屋の裏座敷に互いの旅の思いを比べ合った。