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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

江戸から踏んで来た松並樹の続いた砂の多い街道は、三年前丑年の六月にアメリカのペリイが初めての着船を伝えたころ、早飛脚の織るように往来したところだ。当時木曾路を通過した尾張藩の家中、続いて彦根の家中などがおびただしい同勢で山の上を急いだのも、この海岸一帯の持ち場持ち場を堅めるため、あるいは浦賀の現場へ駆けつけるためであったのだ。

そういう半蔵はここまで旅を一緒にして来た寿平次にたんとお礼を言ってもよかった。もし寿平次の誘ってくれることがなかったら、容易にはこんな機会は得られなかったかもしれない。供の佐吉にも感謝していい。雨の日も風の日も長い道中を一緒にして、影の形に添うように何くれと主人の身をいたわりながら、ここまでやって来たのも佐吉だ。おかげと半蔵は平田入門のこころざしを果たし、江戸の様子をも探り、日光の地方をも見、いくらかでもこれまでの旅に開けて来た耳でもって、七郎左衛門のような人の話をきくこともできた。

半蔵の前にいる七郎左衛門は、事あるごとに浦賀の番所へ詰めるという人である。この内海へ乗り入れる一切の船舶は一応七郎左衛門のところへ断わりに来るというほど土地の名望を集めている人である。