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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

外国人の入り込む開港場へ海から何か這うようにやって来る闇の恐ろしさは、それを経験したものでなければわからない。彼は瑞見のような人をめずらしく案内して、足もとの明るいうちに牡丹屋へ帰って来てよかったと考えた。

「お夕飯のおしたくができましてございます。」

という女中に誘われて、寛斎もその晩は例になく庭に向いた階下の座敷へ降りた。瑞見や十一屋の隠居なぞとそこで一緒になった。

「喜多村先生や宮川先生の前ですが、横浜の遊女屋にはわたしもたまげました。」と言い出すのは十一屋だ。

「すこし繁昌して来ますと、すぐその土地にできるものは飲食店と遊郭です。」と牡丹屋の亭主も夕飯時の挨拶に来て、相槌を打つ。

牛鍋は庭で煮た。女中が七輪を持ち出して、飛び石の上でそれを煮た。その鍋を座敷へ持ち込むことは、牡丹屋のお婆さんがどうしても承知しなかった。

「臭い、臭い。」

奥の方では大騒ぎする声すら聞こえる。

「ここにも西洋ぎらいがあると見えますね。」

と瑞見が笑うと、亭主はしきりに手をもんで、

「いえ、そういうわけでもございませんが、吾家のお袋なぞはもう驚いております。牛の臭気がこもるのは困るなんて、しきりにそんなことを申しまして。