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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

『大扶桑国考』『皇朝無窮暦』などの書かれるころになると、絶板を命ぜられるはおろか、著述することまで禁じられ、大人その人も郷里の秋田へ隠退を余儀なくされたが、しかし大人は六十八歳の生涯を終わるまで決して屈してはいなかった。同時代を見渡したところ、平田篤胤に比ぶべきほどの必死な学者は半蔵らの目に映って来なかった。

五月も十日過ぎのことで、安政大獄当時に極刑に処せられたもののうち、あるものの忌日がやって来るような日を迎えて見ると、亡き梅田雲浜、吉田松陰、頼鴨崖なぞの記憶がまた眼前の青葉と共に世人の胸に活き返って来る。半蔵や香蔵は平田篤胤没後の門人として、あの先輩から学び得た心を抱いて、互いに革新潮流の渦の中へ行こうとこころざしていた。

降りつづける五月の雨は友だちの足をとどめさせたばかりでなく、親しみを増させるなかだちともなった。半蔵には新たに一人の弟子ができて、今は住み込みでここ本陣に来ていることも香蔵をよろこばせた。隣宿落合の稲葉屋の子息、林勝重というのがその少年の名だ。学問する機運に促されてか、馬籠本陣へ通って来る少年も多くある中で、勝重ほど末頼もしいものを見ない、と友だちに言って見せるのも半蔵だ。