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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
おまんの前では、崩している膝でもすわり直すのが半蔵の癖のようになっていた。
「ごめんください。」
と子供に言って見せる声がして、部屋の敷居をまたごうとする幼いものを助けながら、そこへはいって来たのは半蔵の妻だ。娘のお粂は五つになるが、下に宗太という弟ができてから、にわかに姉さんらしい顔つきで、お民に連れられながら、客のところへ茶を運んで来た。一心に客の方をめがけて、茶をこぼすまいとしながら歩いて来るその様子も子供らしい。
「まあ、香蔵さん、見てやってください。」とおまんは言った。「お粂があなたのところへお茶を持ってまいりましたよ。」
「この子が自分で持って行くと言って、きかないんですもの。」とお民も笑った。
半蔵の家では子供まで来て、雨に逗留する客をもてなした。
とうとう香蔵は二晩も馬籠に泊まった。東美濃から伊那の谷へかけての平田門人らとも互いに連絡を取ること、場合によっては京都、名古屋にある同志のものを応援することを半蔵に約して置いて、三日目には香蔵は馬籠の本陣を辞した。
友だちが帰って行ったあとになって見ると、半蔵は一層わびしい雨の日を山の上に送った。