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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
「この子もこれで、夢のようには覚えているだろうよ。わたしだって、五つの歳のことをかすかに覚えているもの。」
「ほんとに、きょうはあいにくな雨だこと。」とおまんは言った。「わたしもお迎えしたいは山々だが、お民がこんなじゃ、どうしようもない。わたしたち二人はお留守居しますよ。」
佐吉はお粂を、お喜佐は宗太をまもりながら、御行列拝見の人々が集まる村はずれの石屋の坂あたりまで行った。なにしろ多勢の御通行で、佐吉らは吉左衛門や半蔵の働いている姿をどこにも見いだすことができなかった。それに、御通行筋は公私の領分の差別なく、旅館の前後里程三日路の旅人の通行を禁止するほどの警戒ぶりだ。
九つ半時に、姫君を乗せたお輿は軍旅のごときいでたちの面々に前後を護られながら、雨中の街道を通った。いかめしい鉄砲、纏、馬簾の陣立ては、ほとんど戦時に異ならなかった。供奉の御同勢はいずれも陣笠、腰弁当で、供男一人ずつ連れながら、そのあとに随った。中山大納言、菊亭中納言、千種少将(有文)、岩倉少将(具視)、その他宰相の典侍、命婦能登などが供奉の人々の中にあった。京都の町奉行関出雲守がお輿の先を警護し、お迎えとして江戸から上京した若年寄加納遠江守、それに老女らもお供をした。