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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
」
「だからさ、お前もそんなことを口にするんじゃないよ。」
お民は周囲を見回した。そこは北向きで、広い床の間から白地に雲形を織り出した高麗縁の畳の上まで、茶室のような静かさ厳粛さがある。厚い壁を隔てて、街道の方の騒がしい物音もしない。部屋から見える坪庭には、山一つ隔てた妻籠より温暖な冬が来ている。
「そう言えば、これは別の話ですけれど、こないだ兄さん(寿平次)が来た時に、わたしにそう言っていましたよ――平田先生の御門人は、幕府方から目をつけられているようだから、気をおつけッて。」
「へえ、寿平次さんはそんなことを言っていたかい。」
将軍上洛の前触れと共に、京都の方へ先行してその準備をしようとする一橋慶喜の通行筋はやはりこの木曾街道で、旧暦十月八日に江戸発駕という日取りの通知まで来ているころだった。道橋の見分に、宿割に、その方の役人はすでに何回となく馬籠へも入り込んで来た。半蔵はこの山家に一橋公を迎える日のあるかと想って見て、上段の間を歩き回っていた。
「どれ、お大根でも干して。」
お民は出て行った。山家では沢庵漬けの用意なぞにいそがしかった。いずれももう冬じたくだ。