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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

火の気を一切おつかいにならないで、水でといた蕎麦粉に、果実ぐらいで済ませ、木食の行をなさるかたもあります。まあ、三度の食は一度ぐらいになすって、なるべく六根を清浄にして、雑念を防ぎさえすれば、それでいいわけですね。」

ようやく。そうだ、ようやく半蔵は騒ぎやすい心をおちつけるにいいような山里の中の山里とも言うべきところに身を置くことができた。王滝はことに夜の感じが深い。暗い谷底の方に燈火のもれる民家、川の流れを中心にわき立つ夜の靄、すべてがひっそりとしていた。旧暦四月のおぼろ月のあるころに、この静かな森林地帯へやって来たことも、半蔵をよろこばせた。

半蔵が連れて来た勝重は、美濃落合の稲葉屋から内弟子として預かってからもはや三年になる。短い袴に、前髪をとって、せっせと本を読んでいた勝重も、いつのまにか浅黄色の襦袢の襟のよく似合うような若衆姿になって来た。彼は綿密な性質で、服装なぞにあまりかまわない方の勉強家であるが、持って生まれた美しさは宿の人の目をひいた。かわるがわるこの少年をのぞきに来る若い娘たちのけはいはしても、そればかりは半蔵もどうすることもできなかった。