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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
02 第一部下
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,315 字 · 25 页
ということをやった。吉左衛門としては、あれが長い駅長生活の最後の時だった。同じ八月の二十九日には彼は金兵衛と共に退役を仰せ付けられる日を迎えた。それぎり、ずっと引きこもりがちに暮らして来た彼だ。こんなに宿場の様子が案じられ、人のうわさも気にかかって、忰の留守に問屋場の方まで見回ろうという心を起こしたのは、彼としてもめずらしいことであった。
当時、将軍家茂は京都の方へ行ったぎりいまだに還御のほども不明であると言い、十一隻からのイギリスの軍艦は横浜の港にがんばっていてなかなか退却する模様もないと言う。種々な流言も伝わって来るころだ。吉左衛門の足はまず孫たちのいる本陣の母屋の方へ向いた。
「やあ、例幣使さま。」
母屋の囲炉裏ばたでは、下男の佐吉がそんなことを言って子供に戯れている。おまん(吉左衛門の妻)も裏二階の方から来て、お民(半蔵の妻)と一緒になっている。家族のあるものはすでに早い朝の食事をすまし、あるものはまだ膳に向かっている。そこへ吉左衛門がはいって行った。
「いゝえ、正己は例幣使さまじゃありません。」とおまんが三番目の孫に言って見せる。
「おとなしくして御飯を食べるものは、例幣使さまじゃないで。