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ゆめのさつじん

夢の殺人

浜尾 四郎

「新青年」1929(昭和4)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,670 字 · 26 页

青空文庫

彼はようやく苦しみがおさまったのでまず一安心して出ようとした。

すると其の時二階から階段をそっと降りて来る足音がきこえて来た。そうして全く降り切ると彼のいる厠の側を人が通る音がして軈て彼のねている部屋の障子をしめる音がした。

此の時藤次郎ははじめて、さっき彼が眼をさました時、いつも傍に眠っている要之助が床の中にいなかったことを思いだした。

藤次郎が部屋に戻って寝どこに入ると、要之助はちゃんとそこに眠っている。藤次郎は稍々おさまった腹をなでながら考えた。はじめは、

「奴、又ねぼけやがったな」

と感じた。

今彼の傍に美しい寝顔を見せている青年には不幸な病気があった。それは夢遊病である。かつて国許にいた時、夜半にまきざっ棒を以て突然側にねていた父親を殴ったことがあった。おこされてから彼は何もしらなかった。何でも其の宵に、地方を廻って来た或る劇団の剣劇を見たのだそうだ。無論それまでにも彼がねぼけるのは屡々だったが、今までそんな烈しい例はなかったのでそれ以来、家では大いに警戒して彼の寝る部屋には危険なものは一さいおかぬことにきめた。

N亭に来たときもそのことはかねてから主人に聞かされていたが、藤次郎が要之助の夢遊病の状態を見たのは未だ一回しかなかった。