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ゆめはよびかわす
夢は呼び交す
蒲原 有明
――黙子覚書――
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,126 字 · 210 页
こうやって裸体のまま引廻された八重垣姫は、その城下から封地の屋形に連れ戻されることになり、馬は姫を載せて本居の城あとの見えるところまで進んできた。そこには一筋の川が流れていて、小さな渡船で人馬をわたすのである。馬からおろされた姫は向うに見える城あとの樹立をじっとながめていたが、遽に気をあららげて、腰に手をやって、「こんなものが今更何になる。益にもたたぬものは邪魔になるばかりだ」といった。その時擲げ棄てた一片の布を、ちょうど川岸に枝を伸していた松が受けとめたというのである。渡し場の目じるしとして立っていたその松は今に残っていて、脚布掛けの松と呼ばれている。
殿の屋形に著いてからの姫は日夜拷問の責苦に遇い、その果はとうとう屋形のうしろの断崖から突き落されてこと切れた。無慚な伝説であるが、伝説はまだ終らない。名家の屋形にはけちがついたのである。姫の怨念は八重垣落しの断崖のあたりをさまよっていて、屋形に凶事のある前には気味のわるい笑い声がしきりに聞え、吉事にはさめざめと哭くけはいがする。怨念というものを信じていた時代のことである。それがどれだけか、屋形の空気を暗くしていたことだろう。