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むゆうびょうしゃのし

夢遊病者の死

江戸川 乱歩

「苦楽」プラトン社、1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,121 字 · 22 页

青空文庫

彦太郎が、最初帰って来た時に、実はこうこうだと云って了えば訳もなく済んだのであろうが、それを云いそびれて了った所へ、父親に変な誤解をされてお談義まで聞かされては、彼の癖として、もうどんなことがあっても真実を打開ける気がしないのであった。

彼の母親は三年あとになくなり、他に兄弟とてもない、ほんとうに親一人子一人の間柄であったが、そういう間柄であればある程、あの妙な肉親憎悪とでもいう様な感情の為に、お互に何となく隔意を感じ合っていた。彼が依恬地に病気のことを隠していたのも、一つはこういう感情に妨げられたからであった。尤も一方では、二十三歳の彼には、それを打開けるのが此上もなく気恥しかったからでもあるけれど。そこへ持って来て、彼が折角の勤め口を断って了ったものだから、父親の方では益々立腹する。それが彦太郎にも反映して、彼の方でも妙にいらいらして来る。という訳で、近頃ではお互に口を利けば、すぐにもう喧嘩腰になり、そうでなければ、何時間でも黙って睨み合っているという有様であった。今日も亦それである。

二三日雨が降り続いたので、彦太郎は、日課の様にしていた散歩にも出られず、近所の貸本屋から借りて来た講談本も読み尽して了い、どうにも身の置き所もない様な気持になって、ボンヤリと父親の小さな机の前に坐っていた。