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おとなのめとこどものめ

大人の眼と子供の眼

水上 滝太郎

「改造」1923(大正12)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,719 字 · 10 页

青空文庫

しかし万一、父が百円の月給取だったら、どんなに嬉しいことだろうと、その事ばかり考えていた。

夕方になって、「蛙が鳴いたからかえろ。」と我がちにいいながら、おなかをすかしてうちに帰ったが、自分はすぐに母のところへ飛んで行って、父の月給がいくらであるかきいた。

「なぜそんな事をきくのです。」

「なぜでもないけれど、百円?」

母は黙って自分の顔を見ていたが、

「そんな事をきくものではありません。」

といったばかりで取合わなかった。金銭のことを口にするのは卑しいことだと、おちぶれ士族の娘である母はかたく信じていて、平生から子供たちにいいきかせてあった。

それっきり自分は口をつぐんでしまったが、たった一瞬間にして通り過ぎただけの白馬鞍上の紳士の姿は、一生涯忘れられないほど爽かに眼に残った。どうかして、自分も大人になったら、偉い人になって百円の月給取になろうと、あたかも天下を望むような大きな事として考えていた。百円の金高は、広大無辺に思われたのである。

ある時、母方の叔父が来て、自分はその膝の間で遊んでいたが、ふと思い出してきいて見た。

「叔父さんはうちのお父さんの月給いくらだか知ってる?」