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おおとりものせんにんつぼ

大捕物仙人壺

国枝 史郎

「太陽」博文館、1925(大正14)年7月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,606 字 · 97 页

青空文庫

明治元年正月三日から、六日に渡って行なわれたのであった。そうして幕軍大いに潰え、六日夜慶喜は回陽丸に乗じ、海路江戸へ遁竄した。

ここでいよいよ朝廷に於ては、慶喜討伐の大軍を起され、江戸に向けて発することにした。有栖川宮熾仁親王を征東大総督に仰ぎまつり、西郷隆盛参謀、薩長以下二十一藩、雲霞の如き大軍は東海東山、北陸から、堂々として進出した。そうして三月十五日を以て、江戸総攻撃と決定された。

江戸はほとんど湧き返った。旗本八万騎は奮起した。薩摩と雌雄を決しようとした。しかし聡明な徳川慶喜は、惰弱に慣れた旗本を以て、慓悍な薩長二藩の兵と、干戈を交えるということの、不得策であることを察していた。それに外国が内乱に乗じ、侵略の野心を逞しゅうし、大日本国の社稷をして危からしめるということを、特に最も心痛した。そこで幕臣第一の新知識、勝安房守に一切を任せ、自身は上野の寛永寺に蟄居し、恭順の意を示すことにした。

初名義邦、通称は麟太郎、後安芳、号は海舟、幕末従五位下安房守となり、軍艦奉行、陸軍総裁を経、さらに軍事取扱として、幕府陸海軍の実権を、文字通り一手に握っていたのが、当時の勝安房守安芳であった。