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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

24 流転の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 159,272 字 · 313 页

青空文庫

白雲は、この少年を慰めるつもりで、座右に置いた自分の写生帳――房総歴覧の収穫――それを取って、無雑作に茂太郎のために貸し与えました。

悲しげに沈黙した茂太郎は、与えられた絵の本を淑かに受取って、畳の上へ置いて一枚一枚と繰りひろげます。

この写生帳は、房州の保田へ上陸以来、鋸山に登り、九十九谷を廻り、小湊、清澄を経て外洋の鼻を廻り、洲崎に至るまでの収穫がことごとく収めてある。

何も知らぬ茂太郎も、一枚一枚とその肉筆の墨の色に魅せられてゆくうちに、

「あ」

といいました。しょげ返っていた少年の頬に、サッと驚異の血がのぼりました。

「おじさん」

「何だい」

「あなたはお嬢さんの似顔を描きましたね」

「お嬢さんの?」

「ええ」

「どこのお嬢さん……」

といって、十四世紀の絵画を眺めていた田山白雲が、自分の画帳の上に眼を落すと、そこには、房州の保田の岡本兵部の家の娘の姿が現われておりました。

「これはおじさん、保田の岡本のお嬢さんの似顔でしょう、それに違いない」

「うむ、どうしてお前、それを知っている」

「あたいのお嬢さんですよ」

「お前も、保田の生れかね」

「そうじゃありませんけれど、これは、あたしのお世話になったお屋敷のお嬢さんです」