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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

33 不破の関の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页

青空文庫

「福松どの、福松どの――」

その声は不思議や、宇津木兵馬の声です。

二十九

思いがけなく、外からおとのう人の声を聞くと、家の中の二人が一時大あわてにあわてたようであったが、そこはさるもの、がんりきの百は早くも裏口から脱兎のように飛び出し、芸妓の福松がなにくわぬ面で格子をガラリとあけ、

「まあ、数馬様でいらっしゃいましたか、こんなに遅く、どうあそばしたのでございます」

「実は……」

兵馬が閾を跨がないで何をか言わんとするのを、芸妓は、

「まあまあよろしいじゃございませんか、わたしのところだって鬼ばっかりはおりません、少しお上りあそばせよ」

「いや、ここでよろしい、ちょっと耳を貸してもらいたいのだ」

「まあ、そうおっしゃらずに、少し……」

「いや、ここがよろしい、ちょっと聞いてもらいたいことがある」

何か内証話があるらしいそぶり。福松は引寄せられて、

「何でございますか」

「あの……」

兵馬も面を突き出して福松の耳に口をつけようとすると、紛として白粉の匂いが鼻を打ちました。

「あ、よろしうございますとも、それはよう心得ておりますから、そういうことがあり次第、何を差置いてもあなた様にお知らせを致します」