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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
この瞬間、伊太夫の眼にうつって来たのは、人間としての盗賊でなく、烏としての、憎い奴の形でありました。
では髑髏は――と見ると、髑髏は宵のままで更に異状はなく、三藐院はと見れば、これも更に微動だもせず、文字を再び読み解いてみると、「置くは露」といったような筆画は一つもなくて、筆跡はまさしく三藐院の筆ですが、歌は、
あしひきの山鳥の尾のしたり尾の
なかなかし夜をひとりかもねむ
四十七
伊太夫の座敷に於て紛失したものは、上代瓦を入れた箱入りの包だけでありました。ほかにはなんらの被害はなかったのですが、これは、床上の髑髏が呑んでしまったわけでもなし、定九郎鴉が啣えて行ってしまったのでもありません。主人の言うところの如く、湯殿の戸締りの用心の足りなかったのを利用して忍び込んだ盗賊の為す業でありました。
伊太夫は宿の主人のために、それを気の毒がって弁償しようと言いましたが、主人は事もなげにそれを辞退して申しました、
「なあに、申せば瓦っかけでございますからな、値につもっていただくわけには参りません、もともとこっちの戸締りの用心が足りないせいでございまして、申し訳のない次第のものでございます、ほかに何もお怪我がなくて、それが何よりの仕合せでございます」