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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

お銀様は、手紙の上封じをして、それに、「不破の関守殿、まいる」と書きました。そうして、自分の名のところへ、「しろかね」と、行成様の仮名で達者に認めました。それを見ると、素晴しい筆勢だと思わないわけにはゆきません。

行成を学んでも、その骨法をうつし得るものは極めて稀れです。大師の文字に入木の力がありとすれば、行成の仮名には骨を斬るの刃がある。お銀様が、今ここにかりそめに書いた「しろかね」の文字は、けだし、己れの名とするところの「銀」の一字を和様に洒落たものであることは疑うわけにはゆかないが、さっ! と一筆に横なぐりに刷いた筆線に、行成の骨法が、故意か、偶然か、さながらに現われたそれが、すばらしいのです。行成の仮名の線にのみ存するところの斬鉄の鋭さが、そのままに現われている。古来、これほどに、さながら行成の骨法を現わした文字は無い――と、見る人が見れば驚歎するかもしれないが、お銀様としては、自分で書いた文字に自分で己惚れている余裕はない。

すべて、芸術というものは、自分のものした芸術に、自分で惚れ出したらもうおしまいです。

お銀様は、自分のものした文字の出来が、今晩はそれほど神に入っているということを自覚もなにもしないで、そのままポンと机の左上隅の方に置据えて、これを明朝になったら胆吹の山の留守師団長なる