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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

畜生の血が残っている。それを揉み消し拭き消さんがために、かくも必死に、しかも相当神経的に刀身を拭っていると見るべきでしょう。

七十四

そうしているうちに、不意に一方の廊下でミシという音がしました。

僅かにミシという音だけでしたけれども、その気配は猫でもなければ鼠でもない、まさしく人間であって、板を踏む気配でありますから、その気配にお銀様も耳をそばだてざるを得ません。

前にいう通り、もう立派な深夜です。この二人のほかに、このだだっ広い屋敷に起きているものはないはずです。二人もその心持で、あたりの空気を動揺させない程度で会話をしていたのですが、この二人のほかに、もう一つ忍び足のあることが、たしかに今のミシという音で気取られました。

そこで、お銀様ほどの人が思わず耳を聳てていると、先方も、もう気取られたかと観念したのか、もうこの辺で術を破ってやろうとでも覚悟したのか、ミシ、ミシ、ミシと、本格的に廊下を踏んで、早くもお銀様のいるもう一つの部屋まで来てしまって、襖越しに、

「今晩は、もうお目ざめでいらっしゃいますか」

極めて低い猫撫声です。そして男の声なのです。