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たいしゅうものすんかん
大衆物寸観
国枝 史郎
「名古屋新聞」1926(大正15)年1月6日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,172 字 · 5 页
中里介山氏の「大菩薩峠」は、実に素晴らしい作である。大デュマなんか飛び越している。だがユーゴーを持って来るのは、まだ少し早いかも知れない。机龍之介の性格描写は、前古未曾有といっていい、筋の通った登場人物が、廿人ぐらいはあるだろうが、それぞれクッキリと描き分けた手際は、将に巨匠といっていい。龍之介と対抗すべき人物は、新思想家の駒井能登守であるが、洵に立派に描かれている。まだ未完ではあるけれど、既刊の分だけを読んだ所では、幕末を舞台のオーケストラ、こういい度いような気持がする。取り入れている仏教思想は、真言と禅だというようなことを、或る友人から聞いたことがあるが、門外漢たる私には、その方面のことは解らない。
「あった」調と「ありました」調とを、平気で自由に混用し一種の味を出しているのは、文章度胸が大きいからで、そうして是が自然でもある。本来人間の会話なるものが、「あった」と云ったり「ありました」と云ったり、チャンポンに使われているものである。それだのに一端文章となると「あった」調で一貫させたり「ありました」調で一貫させたりする。(私なども然うである)これは間違っている。