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てんさいけいまい
天才兄妹
野村 胡堂
「少女倶楽部」1928(昭和3)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,891 字 · 20 页
秋の軽井沢は、昼でも淋しいのに、その晩は又美しく晴れて、競い鳴く虫の音が、私のヴァイオリンへ伴奏の様に入り硝子窓を通して落ちた月の光りが、末期の人の安らかな微笑を青白く照して居りました」
幾久雄の瞼には、真珠のような涙が溢れました。信子はもうハンケチに顔を埋めて、漸く声を呑んで居ります。
「お気の毒な事です、貴方もよくしておやりになりました。美しい友情です」
ベーカーも眼をしばたたいて、この純情に燃える兄妹を、愛撫するような眼ざしで見廻しました。
「友人を葬ったのは今日、私共は、形見のストラドヴァリウスを持って、大急ぎでこの夜汽車に乗らなければなりませんでした。明日の午後、私は帝劇でヴァイオリン独奏会を開くことになって居るのです。この日取はもう三ヶ月も前から決って居て、今更変えるわけには行きません、友人を葬ってすぐ軽井沢を発ったのはその為です。その代り私は、亡くなった友人の好意で、日本での私の最初の独奏会に、日本にたった一つしかない、このストラドヴァリウスの名器で演奏することが出来るのです、悲しみの中の喜びと申したのは、斯ういうわけです」
青年の顔には、悲しみのうちにも、包み切れない歓喜が、潮のようにさして来るのでした。