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てんま
天馬
金 史良
「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页
「そうですわね、それがいいですわ、それがいいですわ」女流詩人は肩をゆすぶりつつ息もせわしく心からの悦びを現わした。
「ほんとうにそうなればいいですわね」
事実小説家玄竜にしてもそう悪い人間ではなく、性根は至って弱い臆病者で、文学の才能にもいささかは恵まれていた。ただ長い間のどうすることも出来ない窮乏や孤独や絶望が、彼の頭を攪乱してしまった。それに今は朝鮮という特殊な社会が彼を益々混迷にぶち込んだのである。一種の性格破綻から父や兄には勘当され、学業は成らず生活費のあてとてなかった。東京での十五年間の生活というものは、それこそ正しく哀れな野良犬同様だった。殊に悪いことには自分が朝鮮人であることをどう隠そうにも、彼の骨組や面貌がまぎれもなく朝鮮人に出来ているので、下宿へ宿ろうとしても第一が顔、それにぼろぼろのズボンと来ているから、てもなく断られるのである。で、彼はふと神の啓示でも受けたように苦肉の一策として、急に自分は朝鮮貴族の息子でしかも文学的な天才であるばかりか朝鮮文壇では第一流の作家だとふれ廻ることにした。彼はそれで、朝鮮人であるがためにより余計に受けねばならない蔑視や気拙いことをも多少は緩和させ、いくらか暮しの上でも融通をきかせようとする心算である。