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きだんクラブ〔せんごばん〕
奇談クラブ〔戦後版〕
野村 胡堂
05 代作恋文
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,830 字 · 24 页
「本当に、どんなにお礼を申上げていいか」
そういう幽里子はもう涙ぐんでおります。
「それから、半沢伝次とかいうヨタ者は、昨日挙げられたようですよ。あんな無法な奴が勝手に飛廻っていちゃ、物騒で叶わない」
「でも、可哀想――」
幽里子はつくづくそういうのです。自分を殺しかけた相手ですが、憎みに徹する気にはなれなかったのでしょう。
「もうすぐ幽里子さんも退院ですね」
「ええお蔭様で」
東野南次はフと、幽里子のはしゃいだ様子が妬ましくなりました。この病院から外へ出てしまったら、幽里子は再び東野南次のところへは帰って来ないでしょう。
あの恋文の宛名は誰だかわかりませんが、幽里子がこれ程の大怪我をして生死の境をさ迷っているのに、一度も見舞に来てくれないとは何んとしたことでしょう。
しかし、それにはまたいろいろの事情があるかもしれず、この病院を一歩外に出さえすれば、幽里子は完全に自由で、矢張りあの恋人の手に返っていくに違いありません。
大怪我の後でやつれてはおりますが、幽里子の顔は子供のように清らかでした。訴えるような大きい眼にも、ムリロの天使のような可愛らしい唇にも、ほのかな微笑と、安らかな信頼の外には何んの邪念も無い幽里子――それを見ている東野南次はフと、心の中の悪魔の囁くのを感じたのは何んとしたことでしょう。