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ちぎりきぬ

契りきぬ

山本 周五郎

「ロマンス」ロマンス社、1949(昭和24)年10月~11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 32,757 字 · 66 页

青空文庫

ただそうするほかに手段がないという、漠然とした直覚に応じただけである。

――いけない、そんなことはいけない。お帰り、そのまま帰るんだよおなつ。

ときおり風がくると、垂れた柳の枝が揺れて、ばらばらとしずくが降りかかった。そのしずくの音のなかから、そう呼びかけるこえが聞えるようである。

――そんな恰好で、どうしようというの、お帰り、おなつ、帰るんだよ。

おなつは身ぶるいをした。ともすると心が挫け、そのままつい駈け戻りそうになる。寒いのだろうか、とりはだがたち、歯がかちかち触れ合うほど体が顫えた。――そのとき彼が来たのである。悠りした歩きぶりで、印いりの傘をさして、……彼だということはすぐにわかった。おなつは息をつめ、自分の前を通ってゆく彼の姿をじっと見まもった。

――いけない、おやめなさい。

こういう声を聞いたように思い、その声につきとばされたかの如く、おなつは樹蔭から出ると走りだした。はだしの足がなにかを踏み、鋭どい痛みでああと叫んだ。しかしそのまま走ってゆき、彼の傘の中へとびこむようにして、いきなり縋りついた。

「どうぞお助け下さい、追われております」