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おくのうみ
奥の海
久生 十蘭
「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页
金十郎は胸とどろかせながら、去年の夏のはじめ、八条猪熊の女衒に連れだされ、大湊という、北の湊の船宿へ、飯盛に売られたひとがあったそうだが、となぞをかけると、女はうなずいて、おはずかしいが、わたくしもその一人だと、さめざめと泣きだした。
金十郎はせきこんで烏丸中納言のおむすめはどうされたと、しどろもどろにたずねかけると、月の光のかからぬむこうの小暗い萱の中から声があって、
「烏丸さまのおむすめは、奥州街道を行けば追手がかかる。わたしはここから浜へ出て、陸中の海ぞいを、貝魚を拾いながら上総まで上る、とおっしゃって、陸奥の野辺地というところで別れました」
と、おしえてくれた。
◇
拾い魚をしても、とは、いかにも知嘉姫らしい。本土の果の船頭宿から女たちを連れだしたのも、たぶん知嘉姫の才覚だったのだろう。
南部の宮古湊から、大槌の浦のあたりまでは、断崖がいきなり海からきり立ち、岩に額を擦りつけながら行く、暗いけわしい九折の岩岨道で一日のうちに一人の旅人に出逢えばいいほう。せいぜい茶店があるくらいで、その間に宿駅らしいものもない。
女の足で辿れる道ではない、ということだが、それくらいのことで弱るようなお人ではない。