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おくのうみ
奥の海
久生 十蘭
「別冊週刊朝日」1956(昭和31)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,005 字 · 26 页
沖見役の番士が二人、常住に詰めているほか、小間木の代官所から月の五ノ日に物書が通ってくるが、天保七年の米留から江戸への廻漕がとまり、七戸丸という、五百石積の藩船が、沼尻から動かないので、さしあたっての用はない。
九月の中旬、七戸丸の船頭が、
「棚(舷)を締めさせてもらいたい」
と言いにきた。
沼尻のような水の動かないところに、長く船をつないでおくと、構造がゆるんでくるので、ときどき沖へ出して、荒波に打たせなくてはならない。舟子どもも、陸へ上げたきりでは、手なぐさみばかりして、怠け者になってしまうから、沖でみっしりと締めあげなくてはならない、という。
金十郎の裁量にあまることだったが、反対する理由もない。言う通りに出船簿に判を押してやった。
七戸丸は五日ばかり海に出ていて、沼尻へ入ってきたが、なにを積みとったのか、言うに言えぬ悪臭がそのほうから吹きつけてくる。
船頭を呼んでたずねると、船頭は気まずい顔で、ぷいとそっぽを向いたが、あとでくじらの大きな切身を番所へ届けてよこした。十月の中ごろまでに、そんなことが三度ばかりあった。
十一月二十日の朝、川村孫助がだしぬけに船番所へやってきた。