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おくちちぶ

奥秩父

木暮 理太郎

「新家庭 夏期臨時増刊」1922(大正11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,255 字 · 11 页

青空文庫

そこで尊は山上に伊弉諾伊弉冉の二神をお祭りになり、この狼を永く神使として附随することを許されたということである。これがお犬さまの始りであるが、同様な伝説は御岳にも武甲山にも又両神山にも伝わっているので本家は何処であるか判然しない。然し両神山は少し不便であり、御岳や武甲山は余りあらわなので、中間の位置を占めている三峰がお犬さまの本家となってしまったのかも知れない。

此山では「お炊き上げ」と称して毎月十九日に一斗五升の小豆飯を炊いて、それをお犬さまに供えるのが例だ。勿論山の中の一定の場所である。丁度大老井伊掃部頭が桜田の雪と消えた万延元年の秋だったということである、上州の片田舎から参詣に出懸けた講中の一人がお犬さまの姿を拝みたいと思って、供飯の式がすむとこっそり後に残り、悪いと知りつつ独り木蔭に隠れて見ていた。其うち生憎頻りと便を催して来たので、勿体ないとは思いながら止むを得ず紙を布いて用をたしていると、不図二、三間先に闇にも輝く二つの目玉が現れた、続いて耳まで裂けている大きな口から赤い舌の垂れているのが朦朧と認められた。正しくお犬さまである。驚いた彼は一目散に逃げ帰った儘二、三日は口も碌にきけなかった。