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おううほくぶのせっきじだいぶんかにおけるこだいシナぶんかのえいきょうについて

奥羽北部の石器時代文化における古代シナ文化の影響について

喜田 貞吉

「民族 第二巻第二号」1927(昭和2)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,885 字 · 20 页

青空文庫

したがって近畿地方の古墳墓に、漢魏時代のものと思わるる鏡鑑の副葬せられているのは、おそらく九州地方の輸入品が、さらに東に伝わったものであろうと自分は信じているのである。

これら漢魏の時代において、わが西方諸国の人々のシナと交通したことは、記録と遺物と相俟って、もはや毫末の疑いを容れないところであるが、それよりもさらに以前の時代、すなわちわが国では天孫民族の発展がいまだ著しくなかった古代において、秦韓地方から大挙この島国に移住して、漢以前のある種の文化をわが国に伝え、近畿を中心とした四囲の地方に、銅鐸文化を現出したと思わるる秦人のことについては、すでに記したごとく、今より十数年前に柳田君の『郷土研究』(第一巻第二号)で、始めてその説を発表したことであったが、その後これを裏書きすべき数多の新資料の発見によって、今は少くも自分限りでは、ほぼこれについて確信を得るまでに、その研究が精緻の域に到達し得たつもりである。この研究は主として銅鐸そのものの実物調査から導かれたもので、右の漢魏の交通が、むしろ記録によって闡明せられるのとはすこぶる趣を異にしてはいるが、しかも一方には不完全ながら、記録上にも参考とすべき資料が少くなく、またきわめて一小片鱗ながらも、天日槍伝説によって相啓発すべきところがないでもなかった。