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おんなごころしゅうい
女心拾遺
矢田 津世子
「文学界」1936(昭和11)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,514 字 · 36 页
その肩ごしに、慶太郎はなおも物好きな眼つきで外を視ていたが、
「親父も相当なもんだ」
独り言に云ってはっはっと明るい笑声をたてた。
その慶太郎を夫人は扱いかねたように、少時、呆んやりと眺めたままである。羞恥から眼を外すか、躍起になって憤慨するか、このふたつの慶太郎しかこなかった夫人には、今の笑声が思いがけぬことだった。見せたくないものを見せてしまった。そんな気がしきりにする。自分の心の動揺よりも先きにきたのは、それを視ている慶太郎の眼だった。その眼を何処かへ押し隠したい心でうろうろした。あのような父を慶太郎は何んと視て、笑ったのだろう。これまで、良人の情事を慶太郎へだけはひた秘しに秘してきただけに、夫人は今をとりかえしのつかぬことに思い、それを見せたのが自分の所為のように愧入った。ふと、夫人は、息子の眼を防ぎ止めることに躍起になっている自分が、実は、それにかずけて良人を護っているのではなかろうか、と疑う。永い間、良人の情事を自分の落ち度にして、人の眼を怖れ憚かってきた夫人には、今では、良人を背に庇うことがひとつの仕癖になっている。良人に愛情をもっているからというよりは、そうすることが妻のつとめだと信じている。