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おんなごころしゅうい

女心拾遺

矢田 津世子

「文学界」1936(昭和11)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,514 字 · 36 页

青空文庫

寝衣の前をかき合せて慶太郎が渋りながら降りてきた。

「いかん、いかん、医者が徹夜ぐらいでへこたれて、どうする」

唐沢氏は笑みを含んだ顔で大きく呶鳴っておいて、

「そんな怠けようでは、立派な国手になれんぞ」

わっはっはっ、と笑いながら玄関を出て行った。

頭を掻きながら慶太郎は、いつになく上機嫌な父を腑におちぬ顔で見送っていたが、やがて、廊下つづきの応接間へ莨を探しに入っていった。老夫人も続くと、啣えた莨へ燐寸を擦りかけた慶太郎の眼が窓の外へ吸われたように動かない。その眼を辿って、夫人が何気なしに外を見やると、何かの忘れもので車庫へでも駈けつけたのか運転手の姿は見えず、自動車へ片足をかけた唐沢氏が屈みこむような恰好でおしもを引き寄せ、冗談を云いかけているらしい。袂を口へあてておしもがうしろ向きになって笑いこけると、唐沢氏は眉の開いた悪戯っぽい顔つきで、おしもの臀のあたりをステッキで突っついた。咄嗟に、「ああ、おしもだったのか」と夫人は意外な感じに打たれたが、それで、若やいだ良人のこの頃が読めたような気がした。

「まあ、お父さまは……」

何気ないふりで云いながら、ふと、慶太郎の視線を防ぎ止めたい衝動から、夫人は窓を隠すようにして立った。