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こうじんぶつ

好人物

豊島 与志雄

「読売評論」1950(昭和25)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,567 字 · 21 页

青空文庫

「まあ、あなたってひとは……。」

三千子は僕の肩をとんと突いて、眉をちょっと吊りあげていた。眉を吊りあげると、切れの短い眼尻がくっきりとして、ふだんより美しく見える。僕は頬笑んだ。それがまた彼女には不満なのだ。結論としては、僕には一片の愛情もないということになった。そうかも知れないな、と僕も思う。それからまた鴎を眺め、黙々と彼女のあとに随って、海岸をぶらつき、熱海に遊びにゆき、も一晩泊るつもりだったのをやめて、東京に帰って来てしまった。

いつも、そんな調子である。然し、女の気分なんてものは、どうせ、天気模様と同じようなものだ。主動権は気圧の配置にあるので、こちらでそれを掌握しようとあくせくすることはない。

僕の家では、三千子は客間に一人で寝るのは淋しいと言い出したから、僕の寝室に寝かした。三十五歳にもなって一人では淋しいというのも、おかしな話だ。階下の奥の室には、母と圭一とが寝ている。僕は妻の死後、幼い圭一をすっかり母に預けた形になった。母は圭一を無性に可愛がり、僕の方はすっかり放任しておいてくれる。三千子のことだって何とも思っていないだろう。

三千子は僕が起きてるまで起きていて、なかなか先に寝ようとしないので、僕もつい気の毒になり、仕事をやめて寝室にはいる。